DV−Xα法による電子状態計算
 ーそのプログラムと解説ー


                    三共出版株式会社   
     著者:岩沢美佐子、足立裕彦             
     編者:ソニー中央研究所;早藤貴範、今永俊治、木村仁史


はじめに

  この解説書はDV−Xα法による分子軌道計算のプログラム”DVSCAT”の内容を、ソニー中央研究所において著者・岩沢が解読し、計算方法などを詳しく説明したものである。本書はDV−Xα分子軌道の計算プログラムにおいて、特に重要ないくつかの部分を取り上げ詳しく解説している。分子軌道の基底関数になる原子軌道を、数値的にシュレディンガー方程式を解くことによって求める部分や、永年方程式の行列要素をランダムサンプリングで空間点を作り、数値積分を行なっていく部分などはこの計算方法の特徴なので、特に丁寧な説明を行っている。またこのプログラムに使われている変数の意味や、その変数がどのサブルーチンに使われているかなど詳しく説明されている。さらにフォートラン・ソースプログラムのリストも添付されている。したがってプログラムを解読して、実際の計算がどのように行われているのかを、理解するのに大変役に立つと思われる。またこのプログラムを拡張して別の機能をつけ加えたり、プログラムを改良していくのにも不可欠であるし、新しいプログラムを開発しようとする場合にもきわめて有用なものになると思われる。

  DV−Xα法の開発の歴史は比較的新しく、1970年にノースウェスタン大学のエリスらがDVの数値積分法を開発して、バンド計算に応用したのが最初である。(D.E.Ellis and G.S.Painter, Phys.Rev.B2(1970),2887) DV−Xα法による分子軌道法の開発は二つの流れがある。一つはオランダのバエレンズらが開発したプログラムで、基底関数にスレーター型軌道(STO)を用いたものである。(E.J.Baerends, D.E.Ellis and P.Ros, Chem.Phys.,2 (1973),41) もう一つはノースウェスタン大学のアベリルらが提案した、数値的原子軌道関数を基底に使う方法である。(F.W.Averill and D.E.Ellis, J.Chem.Phys., 59(1973), 6412) この解説書で取り上げているプログラムは、後者の流れをくむものである。
  著者(HA)が1973年にアベリルとエリスのグループに加わったとき、このプログラムはまだセルフ・コンシステントな計算をする段階まで至っていなかった。筆者はまず電荷密度の解析をするために、マリケンのポピュレーション・アナリシスのプログラムを作った。そのときその結果を使って新しくポテンシャルを作り直し、セルフ・コンシステントな計算ができないものかと考え、その考えを提案した。エリスはすぐそれは簡便なよい方法ではないかと賛成してくれ、セルフ・コンシステント・チャージ法(self-consistent charge method, SCC method) と名付けようと提案してくれたので、著者はセルフ・コンシステントな計算ができるようにプログラムを改良した。
  その当時Xα分子軌道のプログラムとしてMITのジョンソンがMS(multiple scattering or scattered wave)Xα法を開発していた。それはそれまでは計算が不可能と思われる大きな系の第一原理計算ができるようになったということで、新しい分子軌道計算法として世界的に大変注目を浴びていた。(K.H.Johnson,J.Chem.Phys. 45(1966)3085) しかしこの方法はマフィンティン・ポテンシャルの近似を用いているので、それによる誤差が大きい場合が多く、化学者の中にはそれほど評価をしない人も多かった。DV−Xα法はもっと正確なポテンシャルを使うので、その時点でも十分画期的であった。しかし筆者はこの方法をもっと実用的にするには、基底関数をもっとフレキシブルなものにすべきではないかと思い、さらに改良を加える必要があると考えていたが、その時点で日本に帰国した。エリスから出ているプログラムはこの段階のものと思われる。このプログラムは表面の電子状態の計算に使われたり、(T.Tanabe, H.Adachi and S.Imoto,Jpn J.Appl.Phys. 15(1976)1805. D.E.Ellis, H.Adachi and F.W.Averill,Surface Sci.58(1976)497. 解説:足立、田辺、「表面」第14巻(1976)595) 同時期にノースウェスタン大学にいたアーニー・ローセンが使用して簡単な分子の計算を行っている。(A.Rosen, D.E.Ellis, H.Adachi and F.W.Averill, J.Chem.Phys. 65(1976)3629) 
  1974年に帰国してプログラムを日本のコンピューター(大阪大学の大型計算機センター)に移植した後、すぐに改良を進めることに着手した。1975年から1976年にかけて大阪大学工学部の修士課程の学生であった堀利匡氏(現住友重機、小型シンクロトロン・オーロラを制作)がその手助けをしてくれ、プログラムの修正を大変早く進めることができた。主な改良点はセルフ・コンシステント計算の各イタレーション毎に原子軌道を計算し直して、それを基底に使うようにしたことである。そしてプログラムの機能をまとめてプログラムの構造を整備した。DV−Xα法のプログラムはこの改良によって大変使いやすくなり、結合性が全く異なる物質でも、意識せずに計算ができるようになり実用性が飛躍的に増した。これが欧米はじめ諸外国に比べて、日本でDV−Xα法の利用が圧倒的に多い理由と考えられる。そしてこれが現在日本で用いられているプログラムの原型であるし、エリスやローセンが使用しているプログラムと違っているところでもある。この時点で始めてそれまで開発してきたプログラムを、金属クラスターに応用して論文として発表した。(H.Adachi, M.Tsukada and C.Satoko, J.Phys.Soc.Jpn.45 (1978)875) そのプログラムは、大阪大学や分子科学研究所の大型計算機センターのライブラリーに登録してオープンにした。プログラムはその他いくつかの改良を行った。ひとつはマリケン・チャージを利用するSCCポテンシャルでなく、正確なセルフ・コンシステントなポテンシャルも計算できるようにしたことである。この改良は前述のバエレンズの方法を参考にした。このことは上記の論文に紹介してある。また計算時間を節約するため基底関数を固定して計算できるようにしたり、内殻軌道を固定して計算する、フローズン・コアー近似ができるようにもした。しかしこれらの改良は計算の手間や実用性の面から考え、それほど有用なものでないと考えプログラムから取り除いてしまった。
  さらに1977年から1978年にかけては、スピン分極した場合の計算プログラムを開発したが、やはり大阪大学工学部の修士課程の学生であった塩川正二氏(現日本電気(株)応用ソフトウェアー事業部)が大いに手助けをしてくれた。(H.Adachi, S.Shiokawa, M.Tsukada, C.Satoko and S.Sugano, J.Phys.Soc.Jpn. 47(1979)1528)  彼はまたエネルギーレベルや波動関数の等高線をプロットするプログラムの開発を手伝ってくれたが、現在このソフトはワークステーションの上で大変役に立っている。
  このようなプログラムの一応の改良が終わった直後、当時分子科学研究所におられた塚田捷氏(東京大学理学部)らが、このDV−Xα計算のプログラムを固体表面の電子状態の計算に使いたいと希望されたので、京都大学の大型計算機を利用して共同研究を開始した。(M.Tsukada, H.Adachi and C.Satoko, Prog. in Surface Sci. 14(1983) 113) その間里子允敏氏(日本大学理工学部)がクラスターのまわりに点電荷をおいて計算することができるような改良をしてくれた。元々ポテンシャルの中にまわりの原子のポテンシャルを置いた計算はできたのであるが、(J.T.Waber, H.Adachi, F.W.Averill and D.E.Ellis, Jpn. J.Appl.Phys. suppl.2(1974) part 2,695) それより簡単にイオン結晶中やその表面のクラスター計算ができるようになった。(C.Satoko, M.Tsukada and H.Adachi, J.Phys.Soc.Jpn 45(1978)1333)  また著者はDV数値積分法を用いると、分子軌道間の光学遷移の遷移確率などいろいろな物性値の第一原理計算が簡単に計算できることに気つき、軟X線スペクトルの強度計算のプログラムも開発した。(H.Adachi and K.Taniguchi, J.Phys.Soc.Jpn. 49(1980) 1944)
  DV−Xα法では、相対論のディラック方程式を解く相対論DV−Xα計算のプログラムも簡単に使用できる。このプログラムは元々スウェーデンのチャルマース工科大学のアーニー・ローセンがノースウェスタン大学でエリスとともに開発したものであるが、(A.Rosen and D.E.Ellis, Chem.Phys. Letters,27(1974)595)  筆者が日本へ帰国した後、非相対論”DVSCAT”と同様な改良を加えた”RSCAT”がある。(H.Adachi, Technol.Rept.Osaka Univ. 27(1977) 569)  このプログラムは大阪大学工学部の博士課程を終わり研究生でおられた金城奉逸氏や京都大学・化学研究所の中松博英氏が整備するのに大変貢献してくれた。
  この解説書では述べられていないが、DV−Xαの計算ソフトはレベル図や波動関数等高線プロットなど多くのデータ処理用プログラムを含んだシステムとして出来上がっている。これらのソフトの開発は先に紹介した塩川正二氏の貢献も大きいが、特にワークステーションを用いてユニックス上で動くよう、システムを作り上げてくれた兵庫教育大学の小和田善之氏の努力によるものである。また最近では京都大学で田中功氏を中心にしてシステムの改良とパーソナルコンピューター用のシステム作りなどが進められている。このシステムの開発によってDV−Xαプログラムの利用者が飛躍的に増えたといえる。
  現在DV−Xα計算法の利用者で作られたDV−Xα研究協会の会員は300名を越えていて、毎年夏に研究会が開催されて100名以上の会員が参加し、50件以上の研究が発表されている。上に述べたようにこのプログラムは最初の段階ですでにオープンにされているが、DV−Xα計算のソースプログラムとワークステーション上で動く計算システムは会員に無償で配布されていて、またネットワークを利用してFTPなどで取り寄せることができる。このシステム全体の解説書もいずれ出版したいと思っている。また当時丁度開発されたRISK NEWSを真っ先にDV−Xα計算システム開発のため無償で貸与していただいた早藤貴範氏はじめソニー中央研究所の方々に感謝したい。またこの解説書が出版できることになったのは京都大学の田中功氏と三共出版の石山慎二氏のお陰である。
                              平成8年5月
                               足立裕彦



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